アサリの島流し 54日目 - 島と友達
友達ってなんだろ。よく内地で聞いた「いやいや友達ではなく知り合いです」や「友達っていうか職場が一緒だけで同僚です」はどこから友達になるのだろう?
気がついたらもうすぐ2ヶ月。
あれ、まだ2ヶ月だったっけ?
私の友達は大事に思える人、が友達だ。今日書こうと思ったことはたくさんじゃなくて、ひとつしかなくて。
友達ができました、というだけ。
それも1人じゃなくて!
*友達が三線貸してくれた時!
誰かに撮ってもらうってのは、そんな人がいてくれるってのが嬉しいなと思う。
1人で誰も知らない場所に来るのはそれほど寂しくなくて、むしろワクワクしてた。
けれどやっぱり最初はやはり知らない人、構えてしまうので裏山の鳥やヤモリと話すことかった。
だから、人間の私はやっぱり人間語を話して遊びたいなとも思ってた(苦笑)
そもそも、この島の人はいつ外に出るとか、どんな仕事をしてるとか、何故ここに暮らしているとか、最初はひとつもわからなかった。
それで、毎日歩いてみた。このブログの最初はそんな歩く記事ばかりだなあ 笑
よくわからないけど、ひたすら歩く。
とにかく歩いてみると、すれ違えば顔も覚えられるし、幸いにこの島の人は知り合いでもはじめましてでも挨拶を交わす。だから私も誰と「おはよう」を言ってもおかしくない。
とても普通なようでなかなかない、それは奇跡みたいに幸せなことがこの島にはある。
そして島の人は、ここの気候のように本当に暖かい。だから私は、こんなに早くたくさん大事に思う友達ができたのだろう。
例えば子供達。
お互いに1人でやってきた浜辺の公園。
小さな子から「アサリちゃん、遊ぼう」と話しかけられること。私達は大人になるにつれ、みな同じ人間だということを忘れてた。
この島の子は区別しない。それは親とかだけでなく、島の風がそう教えてくれるのだろうな。
例えば高校生。もう高校生は大人だな。一緒にいてこの島の友達になった10代はびっくりするくらい学ぶことが多い。今の時代、何て言葉はとりあえず海底に沈めてくるべきだと教えられる。
こんな他所から来た変な人間にも、まっすぐ向いてくれる懐の深さを持つ。
例えばお年寄り。中学校の部活くらいに真剣にスポーツをするし、新しい人にも指導してくれる。誰1人、私は歳だから、と言ったのを未だ聞いてない。プレイも突き詰められていて、まったく追いつかない。しかも足腰が堅牢。山なんか私よりスタスタ登りそうである。
例えば同じように仕事できた友達。この島にはここを選ぶ、という行為がないとなかなか来れない。だからこそ、とても深く人生に向き合ってから来てるし、その行動エネルギーが高い。
好きなものに対してピュアに打ち込む気持ちが清々しいのは、抜けるような空みたいだ。
”どこから来たって行ったってoutsider”
という歌詞を自分で書いてますが、かなりの上級者outsiderばかり。いつだって私は敬服してしまう。
深い闇の夜。
柔らかく清々しい朝。
眩しくて突き刺すような昼。
すべての人を癒やす夕暮れ時。
そんな1日に、ここでできた友達は似てるんだ。
おっ、なんか拾ったの?
うん。戦争のタマ!
くすんだ青色のそれは小さな薬莢だった。
小さな友達がシカシカシパンを割った形を、磐梯山みたい、と言った。その子は「小さい頃爆発したから毒があるの。だから裸足で歩けなかったけど、今は遊べるの」と話してくれた。
いつも見ていた当たり前を、強くも弱くもない力であっさり、変えていってしまう。
「この島に来たのは…」
子供のような目で話してくれた先輩がいた。
いや、というか、この話はこの島の人はみんなそう。海のように透き通った目で話す。
そういう場所。でもきっとここでなくても友達になったよな、という友達。
島一番の盛大さで、最近やっと打ち解けたのに…というセンチメンタルな年度末のお別れが続いた。
けれど最近ようやっと、そんな別れに笑顔で「行ってらっしゃい」ができるようになった。
それは、出会いと別れの波が作るこの島の海の中で、ちょっとだけ島の人への階段を登った気がした。
原付を譲ってくれた店の先輩と!その話はまた…。
先輩は島から島へ、今度は西表に行くそうです。