アサリの島流し紀行

東京・高円寺から貯金をするために小笠原諸島へ住み込みバイトに行ったバンドマンの日記。都会の超夜型ライブハウスマンが1000kmはなれた船でしかいけない島で人間に戻っていくドキュメントでもあります。Twitter→@asari309 asari official WEB→http://asariweb.net/

アサリの島流し 8・9日目 - 当たり前でないのが当たり前

島に来る半年ほど前からよく考えていたことがある。私はライブハウスの人だしバンドマンだけど、音楽をいろんな人に聞かせたいと思う、そのいろんなお客さんは、バンドマンじゃないしライブハウスの人でもない。だから、私の普通はもしかしたらお客さんの普通でないかもということを気をつけなくてはならない。


母島には、来たばかりの私にはとてもびっくりするような普通がたくさんある。

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道端に錨がおいてあること。

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ヤモリがうっかり登場したら隠れるのを見守ること。

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カラスバトの為には静かにするべきだということ。

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ヤドカリが渡っているかもしれないから車の運転に気をつけること。

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本や新聞は1週間に一度しかこないこと。

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3月までの工事期間だけ島に唯一の信号があること。

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出港日にはカカを叩き鯉のぼりを振ってお見送りすること。

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散歩道に戦争中の弾薬庫があること。

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散髪は自分ですること。

誰かとすれ違ったら挨拶すること。

小さな子供がたくさんいて、育てている家族がたくさんいる。子供はみんなの親戚みたいだということ。

母島にはずっと島で暮らしている家系とかそういう人を探す方が難しいくらい、たくさんいろんなとこから移住している人もいる。そういう人を区別なく受け入れる。

商店は三軒だけで、遠くから運ぶので値段も高い。だから使わない分は買わない。特別にいるものは通販だし、1週間以上かかるから計画的に頼んでおくこと。

病院は診療所しかないから、ある程度以上の医療が必要な時は定期的に内地へ行く。島の人は紹介しあったりして、よく行く歯医者や大学病院があるらしいこと。


この島では、当たり前でない事を受け入れることが、当たり前なのだ。

私が今まで知っていた「当たり前」には、たくさんの人や社会が絡み合っていたので、その場所で自分の評価を正しくする為とか、そんなことには置かれてあった気がする。
この島の当たり前はそんなこと言ってる場合でなく、ただ「ここで生きる為に必要なこと」に置かれている。そして毎週たくさん内地から仕事や観光で人がくるから、島だけの当たり前だけでもやっていけないので、島の人は「受け入れる」ということが上手なのかもしれない。

そんなことに出会うたび、ちょっとは考えていたつもりでも固まっていただろう、私の当たり前を見直す。


もうすでにちょっとそんな話もあって、今までやっていた演奏やイベント企画も、たぶんここにいる間にすることになるだろうと思う。この島の中に演奏をする人はたくさんいるみたいだけど、たぶんライブハウスにずっといた感じのバンドマンは現在1人なので、私が当たり前を全部捨てるところから、どんな風に音楽がこの島の人と共にあるのか、観察するところからはじめるのかな。

春一番が吹いたニュースを、私らは夏の服装で朝ごはん食べながら見ていた。
なんとなくすでにちょっと、私の当たり前も変わってきているような感じがしてる。


アサリの島流し 6・7日目 - 海の真ん中の山

海岸線に沿って歩くと、海がキラキラしている。少し曇がかってはいたが人が少ないのも贅沢なくらい気持ちのいい風。

島に来て初めてのおが丸が竹芝へ行き来している間、所謂「出港中」を迎えて、午後の仕事は初めてお休みをもらった。
いつも通り前浜あたりをぶらぶら歩いていると、先日店のスタッフから誘ってもらった島の飲み会で知り合った女の人が車から「アサリちゃーん!」と声をかけてくれた。

田舎の方はよくあるかもしれないが、この島の人たちはとにかく大人も子供も知ってる知らない問わず、すれ違うと挨拶を交わす。普通かもしれないけど、例えば新宿駅で全員がそうだったとしたら、こんにちはのゲシュタルト崩壊を起こしそうなくらいこんにちはが漣打つだろう。母島では幸い「こんにちは」が一番引き立つ、最適な頻度で人間とすれ違う。

また例のごとく目的もなくぶらついていると話すと、「ショーケン(小剣先山)には行った?あそこおすすめよ!頂上まで30分で登れるのよ!」とすぐ裏の山を指差した。

せっかくの休みだし、暇はたっぷりあるので、私は登山口のお地蔵さんに軽くことわって小剣先山に入った。

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山の中はさすが、いろんな植物が植えているが内地(島の人は島以外の東京など日本をそう呼ぶ)とはちょっと雰囲気が違う。
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さくさく標高が上がるけど、その分基本的に勾配は急だった。
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そして7分目くらいに現れたこれ。
岩場で行ったらかなりのハードボイルドな岩が…。間違えたら転がりそうな岩場は頂上の直前にも。
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子供も登れるのよー!ってこの辺の子は身体能力高いからなあ…。

頂上はさすが「剣先」というだけあってピンと尖っていて集落が一望できた。
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裏側にはこの島一番の山、乳房山と思しき山並みも。
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海からすぐなのに、ヤッホーとやまびこできそうな感じだ。

登った時よりさらにさくっと下山すると、ちょっと調子が出てきていつもより遠いところまで足を伸ばして見ようと思いついた。

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まずは石次郎海岸。
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よく最高なプライベートビーチと名前があがる。紅の豚にこういう場所のアジトが出てきたなあという小さな浜だった。
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水はやはり天下一品にきれい。

その先評議平を超えると御幸之浜。
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この辺からはTDLアドベンチャーワールドを地でいくような山道の遊歩道を歩く。
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その先も海沿いの遊歩道の結構なアップダウンを経て南京浜。
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この先は都道最南端まであと2.5キロ。
でもさすがにすでに7キロは歩いているので、都道沿いに戻り始める。
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山道だけど普通にこんな実のなる木が生えてるのはさすが南の島。
がじゅまるもでかい。
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ジブリみたいなことになってるショベルカー。
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道端には放置された機器や戦争中の遺物もたまにある。

最後に寄ったのは旧ヘリポート。
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星がよく見えると島でもよく聞く場所。
PVでも撮れそうなくらい素晴らしい場所だった。

なんだかんだで帰り着いてみたら
歩いた距離10キロ超えてて、アップダウンは階段95階分だったらしい…。

海に来たはずが、ずいぶんとがっつり山歩きした日だった。
まだまだ島の先っぽしか歩いてないし、1年間探検のし甲斐がありそうだなあ。

まだまだ都会のもやしっ子、翌日筋肉痛だったのは言うまでもない…。

アサリの島流し 3~5日目 - シエスタのある1日

到着当日から有無を言わさず始まった私の住み込み労働生活であるが、初っ端から一番びっくりしたのは昼休みの長さである。

朝6時、目覚ましと同じくらいにふと目が覚めた。窓を開けるとまだ涼しくしゃんとした朝の空気に空がすこんと高く抜けている。鳥の声と山の気配に海の風。申し訳ないくらい素晴らしい朝が来ていて、夢と現の間をよろよろしながら支度をする。

ああ、今日からすっかり母島で暮らしてるのか。

朝6:50、エプロンをして建物裏手の自室から職場へ出勤する。7:30の朝食に合わせ手分けして支度をして、お客さんの朝食を終えると今度は我々の朝食。朝ドラを見ながらスタッフみんなで賄いを食べる。そこから夕食の仕込やルームメイク、お客さんの送迎、併設カフェの運営、などと手分けして午前の仕事をすすめる。

11:30を過ぎると、キリのいいところで午前の仕事は終了、と声がかかった。日によってまちまちだが、短くても14:30、長ければ16:00まである昼休み…というよりもはやシエスタがやってくる。またみんな揃って賄を食べて自由解散、になった。

私達がペンションのような仕事だからその業種はこういうスタイルなのか、と思いきや、この島は基本的に朝早く動き出して、午後、遅くても夕方には仕事を終える人が多い。私たちは夕食があったりお客さんが泊まっているから夜も仕事があるが、この島で飲食店以外に夜がつがつ働く人をあまり見かけない。

これが人間のデフォルトなのだろうが…ライブハウス漬けで超夜行性、朝まで飲んでまた昼から仕事を繰り返していた私には清らかすぎてうち震える。

なんという健康。太陽よありがとう。


というシエスタをもらって、まだどう過ごしていいのかつかみ切れていない私は、とりあえず集落中心に探索してみることにした。

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店を出てすぐ、山の気配はここからきてる。

静沢の森というらしい。こんなに海のそばでも山の匂いがする。

まっすぐもう15秒歩くと一番近くの港があった。

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ダイバー仕事の人がうろうろしている。港の機材みたいなのがころころ転がしてある。

通り沿いにはずっとハイビスカス咲いてた。

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さっきの港から右に曲がって1分くらい奥に進むとダイビングショップの先にウミガメ産卵を保護する浜があった。 

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水がきれいすぎてくらくらとする。ってこの島ではどこでもそうなのだが…。

ウミガメ浜の先は脇浜なぎさ公園。

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一番近いからその後ギター弾きに行ったりヨガしにいったり、星を見に行ったり犬の散歩したりなにかと勝手よく通うことになった。泳げる季節になったらシエスタは水着だな。

公園の奥の方から階段登るだけで鮫ヶ崎にたどりついた。

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ザトウクジラのスポットとは聞いていたが、展望台があってほんとに夕日とクジラが見放題くらい見える。

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大体のお客さんは滞在中、ここに何度も訪れているらしい。私と同じ船で来たお客さんにばったり出会って教えてもらった。

私の働く場所は母島の人が住む集落の中でも一番西の端。職場から公園と逆方向の左に歩くと船が着く母島の玄関、船客待合所。

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といってもこちらも5分かからないくらいだが。

ここの喫煙所は私の一番よくいくお気に入りの場所になった。ウッドデッキでヨガもできるし自販機あるし、夜通りがかるといろんなサークルがかわるがわるここで練習をしている。

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港の奥をさらに進むと元地集落。

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この島の超中心地。3軒の商店、郵便局、交番、役所、保育園、小中学校、福祉施設すべてここにある。

ロース記念館。

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郷土資料館的な場所。散歩中よくトイレを拝借する。静かで心地の良い小さな建物。

これらの場所ぜんぶ歩いても1時間以内で収まってしまう小さな集落。

ということでシエスタ3日分でこれらを十分くまなくめぐって遊んで探検しつくしてしまった…。なんせ一日3・4時間は真昼に暇なのだから。

私いったい何しているのだろう…。こんな暮らししてていいのか?なんか申し訳ないくらいで、もっと働かないと悪いんじゃないか?シエスタ散歩中に頭の中で何度も沸き起こった。けれど、この島の人は誰一人そんなこと思っちゃいないし、かといって働いていないわけじゃない。必要十分に働いて、ごく普通に暮らしている。

私は東京で、消費することに追いかけられ馬車馬のように働いていた。働いて生産が上回れば馬車もちょっとはゆとりがでるだろうと。

けれどそいつは異常な消費にやられちゃっていただけで、使う先がないここではひどく裕福というわけではなくても、それなりの時間働いてそれでみんな十分ゆっくり暮らしていけてる。

それによく考えたらシエスタ挟んでも、私きっちり8時間以上働いているじゃないか…いったい東京で何時間働いてたのか…たぶん…やっぱ異常に働いてたような…。

ごにょごにょと考えるくらいなら日光浴でもしたほうがいいなと思って、結局太陽の下でちょっと昼寝して仕事に戻った。

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ここにいる間にきっと、シエスタのすばらしき使い手になろう。

アサリの島流し 2日目 - 海のむこうの普通の街

(おがさわら丸25時間の旅 後編)

 夢を見ていたから、すっかり家で寝てる気分だった。

目を覚ましてからしばらくぼーっとして、やっと船がものすごく揺れている事に気づいた。立ち上がってみるとシーソーの真ん中のあたりを行ったり来たりして立っているみたいで、思わず中腰になった。

真夜中から朝にかけてどれくらい進んだろう。ただ今、太平洋の真っただ中。眠りこけた0時頃にたまに地震震源でくらいしか聞かない鳥島を通過したらしい。船のディスプレイで見る限り、それ以後まったく島がない。

夜明けが見たくて甲板へ向かうが、寝る前と比べて俄然揺れている。太陽、地球、そして第3の神はアネロン酔い止め薬であった。こいつのおかげで結局吐き気に悩むことはなかった。しかしそれにしたって揺れている。

何とかよろけながらも開放されたばかりの甲板の扉へ向かうと、外は雨が上がったばかりのようだ。

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けれど外はなんとなく、冬らしくないぬるい温度になっている。今頃は自宅あたりだったら0度近くまで下がっているだろうに。

盛大な海はぐねぐねと呼吸して生きている巨大アメーバのようだ。

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船は海面の山脈を数メートル単位で登ったり降りたり、進んでいるのか波にもまれているのかわからない感じだ。こんなに巨大なものを人間はいったりっきたりしているのか…と放心状態になる。

そんな荒っぽい背中の上で、壮大な朝が来た。

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♪いつまでが昨日なのか いつからが今日なのか

みたいな歌を合唱で歌ったのを思い出した。でもわかることは、人が決めた0時ではなく、自然の中でこの太陽が線をひいていくんだろうってこと。

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太陽はおはようよりはっきりと朝をもたらした。そういえば、船尾から見える船が泡立てた水が、えらくきれいなブルーになっている。

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まだまだ果てしない海しか見えないが、小笠原の島々がある場所へ近づいているのかもしれない。

 寝起きで興奮して腹が減ったので、昨夜買っておいたパンを朝食にもさもさ食べた。と、パンを取りに行ったレディースルームの我が船室は、あまりの揺れに目が覚めても起き上がれない人続出の野戦病院状態だったが…。

9時頃になって久々の島影が見えるという放送が入ってもう一度甲板へ。聟島列島だ。

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人々が一斉に甲板へ。無理もない。だってあんなに海ばっかだし、暗かったし、揺れてるし、みんな陸地を渇望してどことなく不安だったのだろう…。人間ってつくづく陸生生物だ。

聟島列島を通過するあたりから、甲板で父島の入港までビジターセンターのガイドさんによる自然解説が行われた。ホエールウォッチングのレクチャーもあって、ほら、11時の方向!とか言われて甲板のみんなで右往左往しながら楽しんだ。

そしてようやく待ちに待った父島到着。携帯の電波も約20時間ぶりに復活。

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まだ乗り継ぎがある身では、父島で目的地の人を多少うらやましく思う。

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(もうははじま丸が待ってるし…)

いよいよ港に降りて久々の陸地。暑い。めっちゃ暑い…。思ったより暑い…。2月ですよ?と言いたいが、この島の人はみんなそれを忘れているようだ。

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降りてからようやく再会した先輩と、乗り継ぎの待ち時間30分の隙に弁当を買っとこう、ということで商店へ。が、もう売り切れてる…。しかも何もかも高い。特に乳製品は倍以上する。ここは離島だ―という実感がいきなり直撃する。

お弁当がないので、仕方なしに長期保存パンとプリッツとサラミを買って港へ戻ると、用意のいいツアーの人々が港周りでわんさかお弁当を食べている。…いいなぁ。

サラミをやけくそにかじっていると、先輩の元へ続々と知り合いと思しき人から声がかかる。これからうちの宿へ泊りに来る常連さん、元スタッフで今は父島に寄り道して遊んでいるらしい人、などなどそこかしこに。ほんとに小さなコミュニティでみんな顔見知りなんだなぁと感心する。

 

さて、ははじま丸からの2時間以降は写真がありません。25時間乗った後で平気だろうと誰もが油断した後の強烈なカウンターパンチで、慣れた人もぐったりする激揺れ。天気がいいのに…。この船に乗っているほとんどの人が座ることもできず死体のように運ばれていきました…。(私は酔わなかったものの、揺れで立ちあがれなかった)

母島の港へは父島ほどの感動をしている場合もなくぐったり到着。そしてすぐさま仕事へ入るらしい。

小さくてこじんまりした港は、のどかな田舎の単線の駅みたいだ。各宿の迎えも父島ほど派手でなく、犬を連れてきてたり、家族総出だったり、なんか宿というより親戚のお迎えみたいな風情だ。

私のこれから働く宿は港から5分もかからないけど、すぐ裏手は山という坂の途中にあった。六甲山あたりみたいな街並みだ。といっても全長100メートルくらいの地域だが…。

結局大忙しの入港日ともあって、ぐらぐらと陸揺れする中、荷物も放り投げてエプロンして早速仕事。夜の20時くらいに仕事を終えた時もまだ三半規管が揺れていた。

 夜はちょっと肌寒い。けれどなんか不思議な気分になるほど、着いてすぐにここでの私の新しい日常が始まった。

静かな夜、空が澄んでいる。すごく静かだけど、慎ましく明かりが窓に灯る。 お客さんがから揚げと味噌汁食べてる。生ビールのオーダーが入る。私は皿を洗っている。

太平洋を1000キロ渡ったはずなのだが、あの地図のゴマ粒より小さい日本列島からはぐれたような場所にある孤島のはずなのだが、この町は非常に普通の田舎の町である。

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(現在地表示が彼方)

ここで暮らすんかー。おお。

感慨ひとしおであるが、それより陸酔いのまま仕事して死にそうに眠い。

ばたんと布団に倒れると、私の母島最初の夜はあっという間に過ぎた。

アサリの島流し 1日目 - 太陽が神様っていうの、はっきりわかった。

(おがさわら丸25時間の旅 前編)

よく晴れた2月5日の竹芝客船ターミナルは平年より少し暖かいけど、とはいえ真冬の東京。海風は肩をすくめるくらい冷たかった。
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乗船口で幾人か見送りにきてくれた人々と別れてからのことからはじめる。

入口の係員に乗船券を渡すと、早い番号で乗れたのでレディースルームの壁際という、大部屋2等船室でも大変いい場所に指定された。それでも1つ2つ階段を降りる船室。身体より巨大なバックパックによろけながらギターを引きずる様を見兼ねてか、中の船員さんが船室までギターを運んでくれた。レディースルームは程よい人数で区切られ、女性だけあって荷物もまとまり良い。また、昼から寝てる人も非常に多くて自然と騒がしくない。後ほど4本映画が流れるビデオ上映用テレビも部屋に一つ、程よい音量でゆっくり見られる。

兎にも角にも席が決まれば安心と片付けも早々に、デッキに飛び出して出航を待った。
海に入ってからはそう思わなくなるが、港からだと一番上の甲板はとても高い。
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向かいの3階にあたる見送りフロアよりずっと高い。でもわりとしっかり来てくれた人の顔が見える。むしろ呼びかけてくれた声も普通に届いた。
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出航の合図とともに、下の方に結びつけてあったロープを港の職員さんが手で外す。
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見送りの人がここ一番に手を振ってる。職員さんたちは整列すると一斉に黄色いハンカチを取り出して振る。おお、あの映画のやつ初めてリアルで見た、と感動しながら私も見送りに手を振る。
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進み出すとぐんぐんスピードがのって、あっという間に小さくなる。あの3人にこれから1年会わない…という実感がまだまったくない。

海面はキラキラと太陽を反す。
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靄がかったような空であったが小春日和の東京湾は、船から見るといつもと違う世界みたいに見える。お台場を目で追っている私達に戯れる様なゆりかもめの並走は、レインボーブリッジをくぐるまで続いた。
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船ってこんなに速かったっけか。羽田の飛行機、京浜工業地帯、アクアラインの何か、館山、ぼやぼやしてたら浦賀水道。通りがかる漁船も貨物船もすべてが珍しく、すっかり冷え切るまで甲板ではしゃいでいた。
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やっと落ち着いてきた辺りで寒さにハッとして船内へ。船内だって初めての私には何もかも珍しく、小さい頃ブルートレインの中をそうしたように、ひたすらくまなく歩き回る。キョロキョロしながら階段を降りてたら、「ドーン!」という擬音語と共に先日いろいろ教えてくれた先輩が登場。わーっびっくりした!と思わず声に出してしまい笑った。先輩達も同じ船で冬休みを終え母島に戻るのだ。ただ船酔いに弱いらしい先輩はこれから寝たきりになるからゴメンね、楽しんで!と言い残し船室へ。でもこの船に知り合いがいるという感じがして、ちょっとホッとした。

明るい間は甲板と中をひたすらうろうろした。夜だけ船内レストランというのを使ってみたかったので、節約でコンビニおにぎりと自販機のチャルメラがランチ。
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でも甲板で食べると美味い。なんかすごくうまい。その頃には島影もたまにしかなかい海の、180°パノラマを前にしたら180円のカップ麺すら贅沢だった。
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14:30からは船内イベントで小笠原のビジターセンターの人によるレクチャーを受けたり、海を横目に新聞広げてみたり、仕事に向かってることをすっかり忘れそうになる程くつろいだ。

案内所の記念スタンプを押しに行くとき、壁の掲示物で日の出・日の入り時刻があるのに気づいた。確認すると17時前。これは、と満を持して16時半には甲板に構える。

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薄雲の空の真ん中に刷毛で道を描いたような切れ間があり、その隙間に向け赤い太陽がゆっくりと進む、まさにその時だった。
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海しかない海に沈む夕日の周りは神様の国みたいで、ずっと昔からたくさんの人間が太陽は神様っていうの、はっきりわかった。あんまり夢中で見ていたら、沈んで戻ってからもしばらく、目の中に小さな太陽が残ってた。
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夕食はどうしても食べようと思ってた島塩ステーキの為に飲み物は煎茶で我慢。
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というか、今日はもう酒飲むのももったいないくらい、なんかもうこれで充分、になってるから平気だが。船内映画は今の所、シェフとルーシーとナイトミュージアムを見た。最初の上映だけは甲板にいたから見てない。酔ってる人もいるのかもしれないけど、酔い止めの効果か私はまったく平気。

夜の海は漆黒。いったい島にちゃんと着けるかどうか、不安になる。
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この船はもしかしたら、海ではなく宇宙を漕いでるんじゃないか?

そんなことを思いながら、ゆらゆら揺れる寝床についた。
初日から書くことが多すぎる。先が思いやられる。ほんと、これが自分の現実かなのかと疑うくらいの、今日が過ぎてる。

明日は朝日が見れるだろうか。