アサリの島流し紀行

東京・高円寺から貯金をするために小笠原諸島へ住み込みバイトに行ったバンドマンの日記。都会の超夜型ライブハウスマンが1000kmはなれた船でしかいけない島で人間に戻っていくドキュメントでもあります。Twitter→@asari309 asari official WEB→http://asariweb.net/

アサリの島流し 54日目 - 島と友達

友達ってなんだろ。よく内地で聞いた「いやいや友達ではなく知り合いです」や「友達っていうか職場が一緒だけで同僚です」はどこから友達になるのだろう?

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気がついたらもうすぐ2ヶ月。
あれ、まだ2ヶ月だったっけ?

私の友達は大事に思える人、が友達だ。今日書こうと思ったことはたくさんじゃなくて、ひとつしかなくて。
友達ができました、というだけ。

それも1人じゃなくて!
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*友達が三線貸してくれた時!
誰かに撮ってもらうってのは、そんな人がいてくれるってのが嬉しいなと思う。

1人で誰も知らない場所に来るのはそれほど寂しくなくて、むしろワクワクしてた。
けれどやっぱり最初はやはり知らない人、構えてしまうので裏山の鳥やヤモリと話すことかった。
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だから、人間の私はやっぱり人間語を話して遊びたいなとも思ってた(苦笑)

そもそも、この島の人はいつ外に出るとか、どんな仕事をしてるとか、何故ここに暮らしているとか、最初はひとつもわからなかった。
それで、毎日歩いてみた。このブログの最初はそんな歩く記事ばかりだなあ 笑
よくわからないけど、ひたすら歩く。

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とにかく歩いてみると、すれ違えば顔も覚えられるし、幸いにこの島の人は知り合いでもはじめましてでも挨拶を交わす。だから私も誰と「おはよう」を言ってもおかしくない。
とても普通なようでなかなかない、それは奇跡みたいに幸せなことがこの島にはある。
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そして島の人は、ここの気候のように本当に暖かい。だから私は、こんなに早くたくさん大事に思う友達ができたのだろう。

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例えば子供達。
お互いに1人でやってきた浜辺の公園。
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小さな子から「アサリちゃん、遊ぼう」と話しかけられること。私達は大人になるにつれ、みな同じ人間だということを忘れてた。
この島の子は区別しない。それは親とかだけでなく、島の風がそう教えてくれるのだろうな。

例えば高校生。もう高校生は大人だな。一緒にいてこの島の友達になった10代はびっくりするくらい学ぶことが多い。今の時代、何て言葉はとりあえず海底に沈めてくるべきだと教えられる。
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 こんな他所から来た変な人間にも、まっすぐ向いてくれる懐の深さを持つ。

例えばお年寄り。中学校の部活くらいに真剣にスポーツをするし、新しい人にも指導してくれる。誰1人、私は歳だから、と言ったのを未だ聞いてない。プレイも突き詰められていて、まったく追いつかない。しかも足腰が堅牢。山なんか私よりスタスタ登りそうである。
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例えば同じように仕事できた友達。この島にはここを選ぶ、という行為がないとなかなか来れない。だからこそ、とても深く人生に向き合ってから来てるし、その行動エネルギーが高い。
好きなものに対してピュアに打ち込む気持ちが清々しいのは、抜けるような空みたいだ。
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”どこから来たって行ったってoutsider”
という歌詞を自分で書いてますが、かなりの上級者outsiderばかり。いつだって私は敬服してしまう。

深い闇の夜。
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柔らかく清々しい朝。
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眩しくて突き刺すような昼。
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すべての人を癒やす夕暮れ時。
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そんな1日に、ここでできた友達は似てるんだ。
 

ねぇねぇ見てー?と男の子は何かを持ってきた。
おっ、なんか拾ったの?
うん。戦争のタマ!
くすんだ青色のそれは小さな薬莢だった。

小さな友達がシカシカシパンを割った形を、磐梯山みたい、と言った。その子は「小さい頃爆発したから毒があるの。だから裸足で歩けなかったけど、今は遊べるの」と話してくれた。 

いつも見ていた当たり前を、強くも弱くもない力であっさり、変えていってしまう。
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「この島に来たのは…」
子供のような目で話してくれた先輩がいた。
いや、というか、この話はこの島の人はみんなそう。海のように透き通った目で話す。

そういう場所。でもきっとここでなくても友達になったよな、という友達。

島一番の盛大さで、最近やっと打ち解けたのに…というセンチメンタルな年度末のお別れが続いた。
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けれど最近ようやっと、そんな別れに笑顔で「行ってらっしゃい」ができるようになった。
それは、出会いと別れの波が作るこの島の海の中で、ちょっとだけ島の人への階段を登った気がした。

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原付を譲ってくれた店の先輩と!その話はまた…。
先輩は島から島へ、今度は西表に行くそうです。

アサリの島流し 45日目 - もしもコンビニがなかったら

私の一番好きな歌の歌詞に
”The night was dark. It was blackest that I've ever seen.”
というのがありますが、母島の夜はまさにそれでした。

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その昔…は普通のことだったかもしれない。いまや日本全国津々浦々にあるであろうコンビニ。
街に「もしもコンビニがなかったら」どんな風だったか、想像ができるだろうか?
コンビニがなかったら、人の暮らしはどう違うのだろう?ということを今日は考えてみた。

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そう、母島にはもちろんコンビニがないので、夜になればどんなに車を走らせようが買い物は朝になるまでできない。一番ゆっくりな閉店の18時を過ぎたら自販機しかない。朝が来ても各店の休みが重なりうっかり島内で全く買い物できない、という日もある。

街灯も多くないし、店は夜には開いていません。旅行に来たお客さんが1日目で夜にお腹空いてそれを体感し、2日目にはどっさり買い出ししてくるのもたまに見かけます。
夜にはお腹すいても買いに行けないからです。

私も来てからお菓子も蓄えてなかったしばらくは、賄いを必死にどっさり食べ、どうしても食間にお腹すいたら飴を舐めたり、缶のミルクコーヒー飲んで紛らわせてました。
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必然的に夜なにかを食べることがかなり特殊なことになります。

最近では飲み会にも誘ってもらえるようになって、この島の飲み屋さんにもちょろっと行ったりしました。
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普通にたくさん美味しいメニューあります。
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ただしもちろん!23時頃には皆ちゃんと閉まります。

そしてほろ酔いのてっぺん24時付近になると、飲んでる人に会うのはがじゅまるの木の下。あとは家飲みの人たち…の歓声が明るい窓の向こうからちょっとだけ聞こえるくらい。
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夜は寝る、というのは規則でも誰かに教えられたわけでもなんでもなくて、暗いし店閉まるから寝ます。

私は高円寺にいた時は…夜中まで仕事して朝まで飲んで明るくなった夜明けに寝て…ドラキュラのような暮らししてたな…。

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注)帰り道明け方の写真です。

今この島にコンビニがもしあったら…便利だろなあと思うことがないわけではない。
けれど、もしあったら夜更かしが際限なくて、朝早い仕事なんかできなくなってただろうな。

そして心の夜も”The night was dark”になっていだと思う。今更だけど、ほんと、ちょうど良く寝て気持ち良く起きるいうことは人にとって最大のリフレッシュになる。


そしてもうひとつコンビニがなかったから劇的に変わったことが…それは


お金を使うことが本気で減った! f:id:shima_asari309:20160324191702j:image

ただ、島の物価はとても高いです。昨日話した人が、「来て最初に箱ティッシュとバター買いに行ったら1000円超えてたまげた!」という話をしてたほど。

それでも店が開いている時間が決まっていれば決まっている時に買いに行くので、無計画についで買いとかがほとんどできない。だから無駄な買い物が好きでもできないのです。

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↑島の重要ショップ漁協と農協

島でお金つかわないのは、交通費ないからかと思いきや、この「ちょっとコンビニ」ができないのがめちゃくちゃ効いてる。

加えて言うと、店が無い分ネットショッピング頼ることが多く、ついついポチッとのリスクは高くなりますが、これの配達も一週間以上かかったりするので、だんだんと冷静になります。無駄なものをポチッてたとしても、即日配送のサイトでさえ来るまでかなりかかるし、「ああやっちまった…」という反省時間が大変長くなります。洋服なんて、季節変化が少ない分あまり必要ないし。

だからか、とにかく島には余計なものの所有が少ない。余計なものを持ちまくってる人はあまり多くない。
それは、買うということにとても手間がかかるからなのだ。

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ここは船でしか来れない海の彼方のみたいなとこだから当たり前なんだけども、私が住んでいた街に…もしもコンビニがなかったら?って想像してみた。

もしかしたら長い夜が少しだけ上手に過ごせたり、余計なものをもたなかったり、いま持っているものを大事にできたかもしれない。
消費っていうのは確かに経済にとって大事かもしれない。けれど通貨っていうのは、人間の衣食住や生物の命を上手に交換して配分できる為のものや仕組みで、株は食べれないけれどカブは食べれる。

離島の暮らしからすると都会の暮らしは、一歩ごと罠だらけの巨大天守閣にみんなで攻めてるみたいで、なんだか遠くの国みたいに見える。

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世界ってのは複雑ながじゅまるの木みたいにできている。その頭の上の枝先の葉の形を思い通りにしたくて、根っこに働きかけたところで全くの思い通りな形にならない。

ひとつのことが、さまざまに関係して影響してたりする。

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内地に戻ってからも「コンビニがなかったら」って、少し離れて過ごしてみるのも、おもしろいかも…と思ってる。

アサリの島流し 34日目 - 船待ライブ

音楽がそこにある時、必ずパートが2つある。
「聞く」パートと「奏でる」パートである。
中には最近の私のような、聞くパート:私、奏でるパート:私、である時もある。何しろ何かを奏でる者と聞く者がいるのである。
ずっとバンドマンの中にいると、奏でるパートの方が大きく取り上げられることが度々あったが、自分が奏でるとして最低1名、自分の耳には聞こえる。

1000kmほど南の海を渡ったこの島で、私は久しぶりに1000km北にいた時と同じ、そんなイベントを観に行った。ほとんど同じだったけど、何か少しだけはっきり違う、そんな日だった。
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3月13日はよく晴れた。
この日は島で楽しみにされているイベントのひとつ「船待ライブ」の日。
夕焼けがきれいだった17時過ぎ、町はどことなくソワソワした、夏祭りの前のようだった。

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昼からリハーサルの音が聞こえてた。小学生から年配の大人まで、いつもの島ファッションとちょっと違う、まるで高円寺の日曜日に見かけたような、少しだけバンドらしい格好をしてソワソワ集まっている。

中を覗くといつもの船客待合所(これを略して「船待」と呼んでる)には立派な音響や照明をセットしたステージができていた。
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17:30の開場から、街のいろんな人が集まってくる。もちろん都会のライブと同じく、大人はビール片手に。

全部で11出演あったこの日最初のバンドは小学6年生の4人だった。
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なんで学年まで知っているかって、先日観に行ってみた小学校の音楽発表会でも、児童が学年ごとに合唱や合奏を聞かせてくれていたから。

その時と同じく、ステージに現れた4人(Key.サポートは担任の先生)は、最初に礼儀正しく挨拶で「ドラムを叩く○○ちゃんが今度遠くへ引っ越してしまうので、その前に一緒にバンドで演奏したいと思いました。曲はその○○ちゃんが好きな曲を演奏します。」と話して始めた。

島で4人きりの同学年で、ちゃんといろんなパートを練習して挑んだ彼女達。好き嫌いや得意不得意もあるだろうに、ほんとすごいことだと思った。
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ドラムの彼女もとても練習して上手に叩けてた。先生は相変わらずピアノうまいし(この後、数バンドでも登場、しかもドラムも!上手だった…先生さすが)

そのあとは大人の出番。
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中には元インディーズやってたバンドマンも!
こんな場所で聴けるとは、というさすがな演奏。
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ウクレレキャラバンではたくさんの人が一緒に演奏してとてもハッピーな空気。
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いろんな人がパートチェンジしながらやるバンドも。ジャンルもソウルからメタルまで大変幅広く登場。
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そして途中にはダンスユニットが!
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同じ職場のスタッフでダンス経験ある子がリードして、かなり本格的!
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エグザイル的なやつもありました。
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後半はパンクバンドも!
(まさかこの島にあるなんて!)
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ぐっとベテランな方も。
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特に印象に残ったのは、来年みんな島を離れる(高校は母島にはないので)中学三年生のバンド。
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見ている歳下の子達の横顔。
大人もぐっと切なくなってました。

すべてのバンドがこの日の為に練習してきていたし、観に来る人もみなこの日をとても楽しみにしてた。話してみたらヒップホップ聞く?とか、メタルやらない?とか、ハワイアン好き、とかみんなバラバラ。けれど、すごくひとつこの日を待っていたんだ。
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そして何よりすごいなあと思ったことは、すべての音楽に、演奏するその先に、誰か聞かせたい相手がはっきりあったこと。

次は一緒にやりましょう!なんてたくさんいろんな人と話したけれど…

この島にはジャンルや技術の「分け隔てのなく楽しむ音楽」と、本当に素晴らしい「気持ちを伝える為の音楽」という文化がある。

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…と、そんなことマジメに言わずとも、私だってやっぱり音楽の前じゃどこいったって変わりなかった。
ロックがかかれば体は動くし、演奏がはじまればわくわくする。

そして、ライブの日は相変わらず飲みすぎちゃうんだった…。

アサリの島流し 31日目 - 白地図の色

31日目、3月9日は誕生日でした。

見知らぬ土地に来て1カ月目。しかも見知らぬ島。まだ知らない人やことばかりだけど、良い天気の素晴らしい太陽が私にとって最高の日だった。
おまけに日食!
それだけで幸せと思ってた私に、思いもよらぬ1日は待っていた。

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今日もたくさんある職場の様々な宛先の郵便物の中に、ひとつだけ私宛の封書があった。
昼休みに部屋に戻ってから開けると、折られて小さくなっていたが拡げたらどでかい紙が一枚だけ入っていた。

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どうやらどこかの詳細な地図…
あれ…これ母島だ!

送り主は某ギタリスト先輩からなのだが、地図以外に何も入ってないし地図にも何も書いていない。まるでうちに来る仕事のお客さんが使っていそうな、中々に専門的な白い地図…。

なるほどというくらい先輩らしい封書、しかし小さい頃から地図好きな私にとってかなりの代物である。
前日のおがさわら丸5時間遅れのおかげで、誕生日ちょうどに届いたのも何かの縁である。

普通に仕事するだけの日と思ってたが、ちょっとだけ特別な気分になって外へ出た。

すると、至近距離でトントン足音とピィピィ声が…
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洗濯物の上に世界でここにしかいない固有種が…
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いっつもカメラ向けると逃げるのに…
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今日は数匹ずっと私の周りをうろちょろしてるハハジマメグロ

ちょうどさっきお客さんに「ハハジマメグロはどこに行ったら見れますか⁈」と聞かれて案内したけど…私の部屋の前にいるし…。

散歩ではよく見かけるし、カラスバトはよく遊びにくるけど、珍しい訪問者になんだか嬉しくなった。

スマホは電池がなくなりそうなくらい通知をくれてる。
まだそんなに親しい人もいなくてちょっと寂しいけど、いい日じゃないか。
いつも通り夜まで働いたら、缶ビールでも飲むかなあ。

と思って淡々と働いた夜…。

先日一緒に飲んだ人から「これから飲むけど一緒にどう?」と連絡が。

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星空の素晴らしいこの先っぽで飲みました。
(夜は真っ暗なので昼の写真!)

たどり着いて眩しい懐中電灯を消して飲んでいると、街灯がない夜空はどんどん星が増えてく。(目が慣れていくんだと思う)
ひとり、またひとり来て、星空がしゃんしゃんと鳴る中、踊ったりめいめい好きずきに座りながら飲むビールはほんとにうまい。

誕生日おめでとう
って人間の声で聞いて、あっ、そうか!
ありがたい事にひとりじゃなかった!
と思った。

思えば去年もa.s.a.nと私のasariバンド一緒にツアー中で、ホームを離れた福岡の天神で迎えたけど、とっても楽しかったの思い出したよ。

ゆっくりSNSを見ると、高円寺や東京、それから世界のいろんなとこにいる友達、ほんとに山程のメッセージをくれてて。

良い日を過ごさせてもらって、ほんとにありがとうございます。


朝届いた白地図は、まるで始まったばかりの私の島ライフの様だった。これからいろんな景色の色が載っていくのだろうな。

と思ったけど、私の中の島の地図には少しだけもう色が着きはじめていたよ。
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アサリの島流し 28日目 - 森に吹く風

プロフィールは横顔という意味がある。
昭和の小説やらでよく出てくるこの言葉使いはとても好きだ。
言葉やらテーマイメージ通りのサウンドではなく、敢えて間反対の曲調の中に、強烈なメッセージが映える、ということが音楽にもあったりするのだけれども。これもまた、横顔が美しいタイプの曲、と言えるかもしれない。

さて太平洋のど真ん中な母島、ご想像通りの大変素晴らしい海に恵まれています。
でも私がその素晴らしいプロフィールに燦然と輝くと思うのは、森の素晴らしさであります。

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最近島で知り合ったカナダ人の英語の先生が覚えてハマっているらしい日本語で言えば
文字通り、物語の世界にいるみたいです。
(「文字通り」って中々使わないから言われてどこで使うの⁈と思ったけど、ここで使えました。)
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風が吹き抜けて鳥がさえずり、波の音も遠くに聞こえるこの島の森は、亜熱帯ならではのビジュアル。
島には人間の子どもも多いけど、幼木も結構多い気がする。柔らかい緑色した若い木がめきめきと背比べをしてたり、様々な植物とそこに暮らす動物が生命力豊かに生きています。

とにかく、どうやって住むのかっつったら悩んじゃうけど、がじゅまるの城感。
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天気のいい日に見上げるとそれだけで気分がいいタコの木。
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シダのような葉をつけた若い木々は障子みたいに明るいまま日光を柔らかくする。
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ジャングルごっことか、ハックルベリーフィンとかロビンソンクルーソーやるなら静沢の遊歩道。
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途中はほんと昼でも欝蒼として、森の洞窟みたい。ツリーハウスが自然にありそう。
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って、ほんとに戦争中は海軍の施設があったらしいのですが…。
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精霊が出てきそうなのは北進線沿いのがじゅまるの広間。
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吹き抜けるように広間が空いてて、ここが無人島で辿りついたとしたら、ここに家作るだろうなあ、で場所。
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南崎の森はジャングルクルーズだったなあ。
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結構険しいし、低い木も多く、川の跡や池の跡だったらしい場所があったり、湿地ぽい場所も。
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でも所々にたまに、壕になりそうな横穴を見かける。
それがすごい急な場所なんだ。なんとか遊歩道らしくなってるけど、ロープかなんか掴まないとヒヤヒヤする道に。そんなのを見ると、ここから近くの硫黄島のことを思い出す。

母島は空襲しかなかったらしいけど、こんな環境でライフラインやらも整備されてなかったろうし、物流も良くなかった時代、亜熱帯の孤島で急な斜面だらけ、二足歩行が普通に暮らしていくのも日々大変な場所だと思う。
ただでさえ自然の険しい中、生き物は静かにそれぞれゆっくり適応しながら生きてた場所で、ある日人間だけが追っかけっこしながら殺しあっている図が、もう狂気にしか思えない。
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ヤモリや鳥やカタツムリは、一番でかい獣が頭イカれちまった!とでも思ったろうな。

この森にいると、自分がとても大きな獣ってことをつくづく考えさせられる。
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そして私の足音は鳥が飛ぶ音やヤモリのカサカサに比べたら大きいけど、風や海に比べたらほとんど差のない小さなもので。
風が吹けば、ごおっと、それははるかに大きなうねりのような音で急峻な島の森を駆け抜ける。

夕方の森に雨が降る前の強い風が吹いたとき、私やヤモリやカタツムリや鳥たち、小さな生き物はみんな一斉に同じような顔で、ハッと空を見上げた。


アサリの島流し 21日目 - 何して遊ぶ?

時間というものは人にも、いや生物やすべてに平等にある。だけどその長さは違うと思う。だって時間の長さは測り方、感じ方によるから。

人間の子どもと老人では違うし、寿命数か月の虫と10年のヤモリ、何千年の木なんかじゃそれぞれに違うだろう。都会や田舎、環境や習慣でも違うかもしれない。

相対性理論だってそりゃ時空のゆがみの話が出るくらいだから、時間は平等に「ある」けど長さは同じじゃない。

 

だいぶこの島の人が何して過ごしているかというのが少しだけわかってきたこの頃。

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私は今まで何して毎日24時間過ごしてきたのだろうか?と最近の日々と照らし合わせたりもするようになった。ここに来る前は私、どんなときに何して遊んでた?

こちらに来てからもっぱら、散歩・運動・ギターな日々。

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あとは絵を描いたり。

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本は持ってきたけど、じっとしているとなんとなく外行きたくなって、外に行くと眺めがよくて周りばっか見てしまうため、はかどってません…。

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来る前の自分を思い起こすとひたすら飲んでいた気もするし、なんというか、遊ぶっていうことがほとんどなかったような気もする。とにかく時間がとても短かかった。

すこしづつ時間の流れがスローダウンして、今はなんだか一日ってこんなあったけ?といくらいになっている。

そんなのんびりした時間の流れるこの島の子供にはさぞ無限の遊び時間があるだろう、と思いながら見てみると、小さな子供が遊ぶ場所第一位はやはり浜である。

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公園デビューならぬ浜デビューな午前中は、お母さんがベビーカーやよちよち位の子から保育園くらいまで、手をひいてとても楽しそうに海を見ている。浜以外の陸では、道を歩きながらハイビスカスをつんだり木の実ややどかりの貝殻を拾ったり。

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もうちょっと大きくなる小学生だと、大人がいなくても自転車でぷらっと来て浜辺でなんか拾ったりしてる。

あとは公園の遊具かがじゅまるの木に登ってる。友達同士でも一人でも登ったりする。

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そのがじゅまるの下で昼下がりは中学生くらいの女の子がおしゃべりしてたりもする。ノートに何かを書いていたり。

あとはよく聞くのは釣り。

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先日、島っ子(父・母島で育った人のこと)と飲み会で一緒に飲む機会があり聞いた話では、これが用語がわからないくらいかなりハイレベルにガンガンやるらしい。

それでもある程度の歳になると家で勉強したりゲームしたりも多いのか、だんだん外で見かけなくなる。

高校に上がれば地元の高校でも父島だし、私立とかいろいろやりたいことがあれば内地、大学やその先は普通の田舎生まれの人同様、東京大阪etc…に出たり…ぱったりとこの年頃からは内地からきたバイト以外は見なくなる。

 

さて私のような30代…コホン、この島の大人は何をして遊ぶのか?

島ではとにかくサークルがいっぱいある。島全体が高校かなんかか?というくらいいっぱい。フラ、南洋踊り、ダンスチームをやってるこもいるし、私が最近混ぜてもらってるのは小笠原太鼓というアグレッシブな即興和太鼓、そのメンバーとちょっと重なるけどカカという木をくりぬいた甲高い音のする打楽器、ウクレレ、バンド活動…スポーツは野球、サッカー、バスケ、バレー、ゲートボール、テニス、バドミントン父島と対抗戦もあるらしくて、月に一回は何らかの大会が行われたり、週2・3回かなりハイレベルな練習をしているのをみかけたり、ほんと大人の青春がすさまじい。

先日私も誘ってもらって、面白いイベントに参加した。脇浜で満月の夜に開催されるカカのセッションだ。

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決まっている日程が「満月の夜」というのもまた何とも風情がある。

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そして7時くらいになると街灯を落としてしまう脇浜の渚へ、リアカーで駐車場から大小さまざまなカカを芝生広場に放り投げる。

あとはただ黙々と月を愛でながら叩く。「いやぁこの木もいい音になってきたなぁ!」「こいつも素敵な音がする!」とか言いながら、とにかく何も決まりごとなく言葉数も少なく叩く!叩くのみ!

そのうちいいグルーヴを聴きつけてどこからか人がやってくる。子供も。

満月というのは街灯がなくても互いの顔はしっかりわかるくらい明るい。しかも海が反射していい感じにレフ板のようになってる。

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とくに酒を飲むこともなく。ステージや客席も進行もないイベント。でもなんだろう、すっきりとした、そして終わった後は心を通わせたような何とも言えない暖かい親愛の情が参加者同士に沸きあがった。

私は今までイベントを作る立場にあったし、ほんと数えきれない遊びを考えつくして、遊びまくっていたと思った。しかし…この島の人たちはかなり上級者な遊び上手だった。

 

また、大人の遊びって言ったら飲み会っていうのは万国共通だけど、この島の呑み方はちょっと変わってる雰囲気があると思った。

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島の人たちはお酒を飲むのも好きだけど、とてつもなく節度がある!というか、ある意味超都会的で非常にスタイリッシュな飲み方をする。

伝言ゲームのように連絡が届いた人々が(初対面とかもいきなり家飲みにいたりが普通)パッ!と集まり、誰でも特に派閥もなくワッ!盛り上がり、深い時間になる前にサーッ!とすっきり帰る、という感じ。その潔さたるや驚愕した。

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まぁまだ仕事柄毎朝が早いのでディープに飲むことがないからもあるが、二日酔いとかその手の話題を聞いたのは、サークル対抗戦とかで父島に行った時の話くらい。(翌日帰りのははじま丸に乗る前から宿に泊まらず客船待合所で寝ている人が…とか 笑)

父島に行けばまだ飲み屋さんとかがたくさんあり違うのだろうけれど…。

私はと言えば、最近すっかり3杯飲んだらもう上等、な経済的さになってしまった。それでも和太鼓の練習とか行くと、焼酎(若い人があまり他に飲んでないが、おじ様たちが師匠の教えで練習でも飲んでるという)をちゃっかり分けてもらったりしちゃうのですが。

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この島に来てもうすぐ1か月。私にはまだ遊びきれないくらいの時間がある。もちろん週に5日半くらいはガッツリ働いている…はずなのだが。島と言えば何にもないし、知り合いだって東京の街中みたいに無限に人間がいたりしない。出港中だし平日で交替休みだから一人で過ごす…なんて日今日みたいな日には、下手したら家の中のヤモリやその辺を飛ぶホトトギスとかカラスバトと話している方がずっと多い気もする。

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でもなんだろう、ちょうど良い一人の時間っていうのは必ず必要な気がする。

色々なものが「これでつながれる」「ずっとつながっていられる」なんて謳うことばかりだった街に、ちょっとだけ違和感を感じてた。一人の時間というのが欲しかった。

実際やっと手にしてみたら、なんか今の世の中いろんなところ「人間中毒」みたいになっちゃってる空気があるんだろうな、と思った。中毒になったら味も何もわからなくなっちゃうけど、一人の時間ていうのは、さっきまでの人の温かさをもう一度味わったりするのに必要なんだ。そして自然を大切になんてよく言うけど、人以外のものを人といるみたいに触れたりすることができる時間ってのは、やっぱり自然と私マンツーでお話ししないといけないなと思った。

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ポケットのスマートフォンも、ほかの人工の物もいったん視界の中からいなくなったとき、初めて空を見た気がしたし、風と遊べだ気がした。

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アサリの島流し 16日目 - 道のはじまりと終わり

点には始まりと終わりがないけど、閉じていない線には始点と終点がある。
環状線のように輪になっていないすべての道路には始まりと終わりがある。

前記事まで日付飛ばさずにタイトルつけようかと思ってましたが、あまり書けないこともあって追いつかないし、もう道の上歩いてるので、あえて気にせず実際の日にちで○日目、にしちゃいます。

そんな16日目、初めてお休みを丸一日もらった日のことです。

小笠原村母島は東京都なのである。国道はさすがにないが、都道がある。

「一般都道沖港北港線 第241号」
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名前の中にある沖港は船が発着する母島唯一の集落。私がいつも暮らしてるとこ。北港は母島の北端にある戦前までもう一つあった港で、今は人が住んでいないが、集落があった場所。私はまだ行ったことがありません。

そしてその道は母島の南端、南崎に続く遊歩道入口まで続く。東京で一番南にある市町村だからこの終点は都道の最南端、にあたる。

昔から私は、道の終わりという響きを聞くと、どうしてもそこまで行ってみたくなってしまう習性がある。

という訳で行ってみました!

ガイドブックなどで、南崎へは都道最南端まで車かレンタルバイクで行ってから遊歩道を30分歩く、とある。

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が、5キロ弱なら徒歩でも歩ける気がして歩いてみた。

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休みだったので朝から出発、天気は良好。むしろ暑い。

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途中の表示。

かなりアップダウン激しい山道を歩くこと1時間弱…。
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突如現れた…
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道路終点…

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最南端の表示。
おもむろ過ぎてびっくりした都道最南端。
早速、今度は遊歩道を通り島の最南端まで、森の中に入っていく。

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深い森はまるで恐竜時代みたいだ。
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トトロやらジブリな鼻歌歌いながらずんずん歩く。

いやあ、暑いしまるで亜熱帯の森に来たみたいだ〜!と思った。(というか、ここほんとに亜熱帯だったの忘れてました…)

途中にあった元は池だった場所。
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昔の子供はここで滑って遊んだらしいすり鉢。 
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めっちゃ高い…。
昔の子供すごい…怖いもの知らずか…。

ところどころこんな看板もあった。
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電波…圏外だけど…。

ひたすら歩くこと30分。
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まずは南端が見渡せる小富士へ。
こちらも実は日本で一番南にある「富士」がつく山。

このとんがりの頂上。
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断崖…!
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視野200度くらい海!(iPhoneパノラマ撮影)
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お尻がスースーしました。
母島にはこういう小さいけど尖った山が多く、毎回スースーして屁っ放り腰になります。

そこから降って今度はワイビーチへ。
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先輩スタッフがここ遊びに行くのは最高って言ってた。
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実にプライベート感あふれるビーチ。母島はこういう浜がたくさんあるが、人口少ないし、来る人はかなりの猛者くらいなので、泳げるようになったら最高だろうな。

私…泳ぐの得意じゃないのだが。 

そんな私は泳げないだろうけど、水が素晴らしい、母島最南端の浜、南崎。
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真ん中の岩より先は潮の流れが早く、得意な人でもその先は行ったらNG、1人で遊泳もNGな浜。(たぶん流されたら太平洋ど真ん中まで持ってかれる)
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こっちはいろんな貝や石が流れてて、ビーチコーミングに良さそう。
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すごい石が落ちてた。誰か持って帰ろうとして、重くて諦めたのだろう。

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空も曇ってきたし、何よりお腹が減って帰れなくなったら困るので、この辺りで帰路へ。

母島に来てから、あんまり歩いてばっかだから
先輩に「歩く女」と呼ばれるくらいである私も、さすがに往復したら腹ペコ筋肉痛だった。
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距離16キロもだが、何よりアップダウン激しいのがハムにグッときた…。

帰ってから気になってたことを調べた。
水平線が見える距離。

どこまでも見えてるようで、0mのところからだと4〜5kmくらいらしい。
母島の小富士の高さからだと、高さを考慮しても30kmくらい。
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ずーっとまっすぐいったらオーストラリアかな。何人かの友達がいるなあ。とか考えてた。

それでも、島に来るときにおが丸の上から見てきた1000kmの海さえ、途方もない距離だった。

地球ってのは、思ったよりずーっと広いんだなあ!

でも人は自分の足で、結構いろんなとこまでも行けるもんだなあ、なんて実感した日だった。